Capoeira Camara|カポエイラ カマラ

CAPOEIRA CAMARÁ JAPAN

Suzuka Mie ken

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CAPOEIRA CAMARÁ JAPAN

Since 2009 in Suzuka Japan

Mestre Bola

Mestre Bola

カポエイラカマラの創始者

カポエイラ・カマラの創始者
メストレ・ボーラ(Marinaldo Da Silva)

カポエイラ・カマラの創始者メストレ・ボーラ(Marinaldo Da Silva)は、カポエイラの長い伝統を持つアフロ・ブラジル文化の中心地、ペルナンブーコ州のオリンダで生まれました。彼は1988年にトップカポエイラマスターのもとでトレーニングを始めました。ボーラは1995年にバンクーバーに移り、カポエイラをしばらく教えた後、2000年にトロントに移ってアカデミーをオープンしました。 2005年にはトロント、ブランプトン、バンクーバー、カルガリー、アイルランド、バミューダ、ロシア、ウクライナ、香港、マレーシア、ブラジルにアカデミーを持つカポエイラカマラを設立しました。
メストレ・ボーラは、トロントでの教職以外にも世界中の数々のカポエイラのイベントに参加しています。彼はまた熟達したミュージシャンであり、毎年5回のバチザード(Batizado e Troca da Corda)ショーを制作しています。メストレボーラは26年以上にわたりブラジルの文化とカポエイラを宣伝してきました。彼の旅はセントクロアのカポエイラのワークショップやトレーニングセッションから始まり、今やロシアのように遠く離れた場所にまで導かれています。メストレ・ボーラのカポエイラの専門知識とリーダーシップも国際的に認められています。また、カナダ、ヨーロッパ、ブラジルの大手メディアが数多くの場面で独占インタビューを行っています。

Mestre Bola

Founder of Capoeira Camará
Professor falcão

Professor falcão

日本のカポエイラカマラのリダー

ファルカン・シルヴァはカポエイラ・カマラのインストラクターで、現在三重県鈴鹿市に拠点を置き活動している。彼は世界中で多様性と文化で有名な中心都市として知られているサン・パウロ(ブラジル)で生まれ育った

今から何十年も前に街頭パレードでカポエイラに出会い、そのアクロバットに虜にされた彼は、弱冠12歳でモニトーガウン(現在のメストレガウン)の指導の下訓練を受け始め、その後他の評判の良いグループ、例えば コルダウン デ オウロ(メストレ スアスナ)、カポエイラ マクレレ(メストレ エジ モルフィ)と移りながら訓練を続け、現在はカポエイラ・カマラ(カポエイラ カマラ:メストレ ボーラ)に所属しカマラグループの日本のトップとして活動している。

彼は、日本各地でワークショップも行い、またカナダ、香港、台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシアなど海外のバチザード(昇段式)にも出席し、世界中に活動の場を広げている。

インストラクター・ファルカンによると、カポエイラは単なる格闘技ではなく、身体的な運動を超えた、人生そのものだという。
彼が言うには、カポエイラをすることによって、人は自分の内部の強さを理解することができる。カポエイラをし続ける人は、自分が決してできないと思っていたことができることに気づき、しばしば驚くそうだ。
『カポエイラはすべての人にひらかれている。でも多くの人がまだカポエイラに出会っていない。』メストレビンバ

現在、彼は、カポエイラのグループの固い結びつきの中で休むことなく働き、また生徒たちがブラジルの歴史をも学びつつ彼らの人生を豊かに生きることを望んでいる

 

Falcão Silva

Professor Representative in Japan
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